明智光秀より、細川幽斎に宛てた手紙

本能寺の変より7日後に書かれた味方を依頼する手紙。娘婿と舅である
細川家は当然駆け付けると思っていたが、細川は秀吉側に走った。    


           一     一     一   
                           
     て む 儀 我 思 但 国 も ち 御   
      `べ に 等 い ・ の  `候 父 覚 
 六   何 く 候 不 付 若 事 此 へ 子   
 月   事 候  °慮 く の  `上 ど も   
 九 以 も 間 更 の べ 儀 内 は も と   
 日 上 存  `に 儀 く は 々 大  `ゆ   
     ず 其 別 存 候 思 攝 身 思 ゐ   
     ま れ 条 じ 事 召 州 を 案 御   
     じ 以 な 立   寄 を い 候 払   
     く 後 く ち   せ 存 だ ほ い   
     候 は 候 候   候 じ さ ど 候   
      °十  °事   は あ れ か 由   
     委 五 五  `  ば て 候 よ  `  
     細 郎 十 忠   こ 候 て う 尤   
     両 ・ 日 興   れ て 御 に も   
     人 与 ・ な   も  `入 あ 余   
     申 一 百 ど   っ 御 魂 る 儀   
     さ 郎 日 取   て の こ べ な   
     る 殿 の り   同 ぼ ひ き く   
     べ な 内 立   前 り ね と 候   
     き ど に て   に を が 候  °  
 光   事 引 は 申   候 相 う  °一   
 秀    °き 近 す    °待 所 然 旦   
 ∧     渡 国 べ   指 ち に り 我   
 花     し の き   合 候 候 と 等   
 押     申 儀 と   き つ 事 い も   
 ∨     し 相 て   っ る  °へ 腹   
       候 堅 の   と  °  ど 立   
                           
                           

     覚え 
1 信長父子の死を痛んで髪を切られた由、 私も一時 は腹が立ちましたが、考えて見れば無理もない事と了解いたしました。この上は私にお味方され、大身の大名になられるようお願いいたします。 

1 領地の事は、内々攝州(兵庫県)をと考えておのぼり  をお待ちします。但馬・若狭の事はご相談致しましょう。 
1 この度の思い立ちは、他念はありません。50日100日の内には近国も平定できると思いますので、 娘 婿の忠興等を取りたてて自分は引退して、十五郎(光秀の長男))・与一郎(細川忠興)等に譲る予定です。詳しい事は両人に伝えます。

 6月2日本能寺で信長を暗殺した光秀は、各地の武将に味方してくれるよう手紙を送った。これは古くからの友人である細川幽斎に送った手紙。忠興の妻は光秀の娘(ガラッシャ夫人)。
 光秀の必死の勧誘にもかかわらず、一人の同盟者もいなかった。
 6月13日、山崎の合戦で秀吉に敗れた光秀は、農民の竹槍にあえない最後を遂げた。
 文中(但・若の儀)は、後日但し若狭とも読めるずるい書き方との説もある。


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