文部省唱歌 青葉の笛

作詞 大和田建樹 (1857〜1910
 作曲 田村虎蔵  (1873〜1943)
一の谷の 軍(いくさ)破れ
討たれし平家の 公達あわれ
暁寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛

更くる夜半に 門(かど)を敲(たた)き
わが師に託せし 言の葉あわれ
今わの際(きわ)まで 持ちし箙(えびら)に
残れるは「花や 今宵」の歌

「行き暮れて 木下蔭を 宿とせば
      花や今宵の あるじならまじ」

一番は平敦盛(あつもり)を歌った詞
 鵯越えで有名な一の谷の合戦で、海上に逃れようとした敦盛は、熊谷直実に呼び戻された。
 敦盛を組敷き首を刎ねようとした直実は、14歳の敦盛に驚き逃がそうとしたが、敦盛は断りそのまま討たれた。
 その時腰に携えていた笛「名笛小枝」を歌ったもの。

二番は平忠度(ただのり)(薩摩守で無賃乗車の代名詞として使われている)平家都落ちの時、途中から引き返して、和歌の師藤原俊成に詠草一巻を預け立ち去った。
 俊成は鎌倉幕府に遠慮して読み人知らずとして「千載集」に下記の和歌を載せている。

さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを
        昔ながらの 山桜かな


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