児島高徳(こじまたかのり)

尋常小学唱歌(卷六) 大正3年6月

船坂(ふなさか)山や杉坂と
御(み)あと慕いて院の庄
微衷(びちゅう)をいかで聞こえんと
桜の幹に十字の詩
「天勾践(こうせん)を空しゅうする莫(なか)れ
 時范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず」

御心(みこころ)ならぬいでましに
御袖露けき朝戸出に
誦(ずん)じて笑(え)ますかしこさよ
桜の幹の十字の詩
「天勾践(こうせん)を空しゅうする莫(なか)れ
 時范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず」

児島高徳
 南北朝時代の武将、備前の人。元弘の乱に隠岐に配流される後醍醐天皇を途中で奪おうとして失敗。後天皇が船上山に遷幸されるや、一族を率いてはせ参じた。

勾践(?〜前465)
 中国春秋時代の越国の王。呉の夫差と会稽山に戦い敗れて(会稽の恥)幽閉(前494)された。忠臣范蠡はいろいろ苦心の末、勾践を救い出し再び呉と戦い(前477)夫差を自殺させた。(十八史略より)

 後醍醐天皇を救出するため、宿舎に忍び込んだ児島高徳は,警備の厳しさに救出をあきらめ、せめて自分が来た事をお知らせするため、いずれお助けに来るので、それまで臥薪嘗胆望みをもたれるようこの中国の故事を桜の幹に書き残した。